世界を救う反逆者!?


 プロローグ


 かつて、この世界にも神々と呼ばれる者達がいた。
 神という名すらもたず、創世の頃より息づく古き支配者達。
 だが、その支配者達も、いずこより現れ来た神々により滅ぼされ、深き闇の中へと封印される。
 新しき支配者は、『神』を名乗りこの世界に、神と支配者以外の多くの種族を創造し、各々の国を築いた。
 神々が築く、文化・種族・風習のことなる無数の国。
 時に争い、協力し、世界は均衡を保ったまま長き平穏の時を過ごす。

 だが、ある時神々は、突如その姿を消す。唯一、己の力の結晶、神具を自らの国に残して……

 それでも尚、世界は変わらず平穏を保つかと思われた……だが、10年前。
 世界各地で異形の存在、魔物が現れた。竜・人・魔・獣・妖、その全ての要素を合わせ、だがそのどれとも違う異形。
 そして、魔物を統べる存在、『魔王』が現れた。
 突如として現れた魔物の軍勢は、またたく間に5つの国を滅ぼし、なお多くの国へと侵攻を続ける。
 その目的、意味、由来すらわからぬ中、唯一わかるのは、その異形が敵であるということのみ。

 そして幕を開ける、突如世界に現れた魔物と、この世界に生きる全種族との争い、『大戦』が……

 5つの国が滅ぼされ、各国は神を持たぬ古き民、精霊の呼びかけの元、『同盟』を結成することを決断する。その同盟の中心となったのが、竜人、妖精、魔人の3勢力だった。
 強靭な力と無尽蔵の兵力を誇る魔物、地の利と各種族の多彩な能力を武器とする同盟。
 一進一退の長き戦いの中、知恵を構成する兵力は徐々に削られ、力と知恵の軍配は、力へと上がろうとしていた。

 起死回生の策を求める同盟に、2年前、その好機が訪れる。
 神々が残した神具が、示し合わせたのかのように覚醒を迎える。
 神具は自らの使い手を選び、選ばれた勇者に、絶大な力を与えた。

 各国を代表する神具に選ばし勇者達の活躍により、さらに1年の戦いの後、魔王の討伐に成功する。
 神具の目覚めにより全てがうまくいくのかと思われた……だが、ここに1つ計算外のことが発生する。
 『魔王を倒せば、全ての魔物は消える。』
 何の根拠もなく、誰もが信じていた幻想。
 だが、その幻想が叶うことはなかった……
 頼るべき神は、もうどこにもいないのだ……


  第一章  始まりの夜


 竜人族と妖精族、2つの国の国境線とも呼べる森の入り口、その手前にある街道沿いの宿場町、大きさで言えば中の小、それがここボトスだ。
 その唯一の酒場といっても、そんな大したもんじゃない。
 店は木造一戸建て、酒はまずいし、サービスも悪い、安いだけが取り柄の店だ。さらに、客の柄も悪いときてる。もちろん、俺は別格だがな。
 俺の名はトルス。竜人族の国ドラグーンの誇り高き緑竜騎士団長様だ。
ドガッ
 まあ、確かに、身なりは悪いかも知れねぇが、それも秘密の作戦となれば仕方ない。
 で、その誇り高き龍人である俺が、なぜこんな辺ぴな安酒場で呑んでいるのかといえば……  ……ちょいと長い話になるんだが…………


 深い闇に覆われた森。
 その森の少し開けた所を唯一の光源、空に輝く月が今回の標的である魔物達を照らし出していた。
 そんな森の広場から少し離れた木の上に、俺は身を潜めていた。
 辺境第十八警備小隊隊長、それが今の俺の肩書きだ。一応、緑竜騎士団の団長でもあるんだが、こうして辺境のパトロールをやってる以上、何の意味もないことだ。
 大戦が終了したと言われてから一年、魔物の存在は一向に減る気配がない。
 魔王が死のうが、大戦は終了したとお偉いさんが宣言しようが、実際の所、世界はまだ大戦の真っ最中だってことだ。
 そんな訳で、住民からの訴えを受け、兵隊である俺達はこうして魔物退治に駆り出された。
(下位魔獣5……下位魔族10……で、ボスの妖魔獣が1か……)
 月光浴を楽しむ魔物の群れを見下ろし、分析する。
 獣型の異形を魔獣、人型のを魔族、実体を持たない靄のような奴を妖魔と呼称することになっている。
 で、妖魔獣ってのは、魔獣が妖魔に取り付いた奴のことだ、
(そろそろだな……)
 魔物の群れから、周囲の木々へと視線を移す。
 今回の任務は、魔物の群れを殲滅するという単純なものだ。相手が下位の魔物であるのならば正面から戦ってもまず負けることはない。
 とはいえ、もし1体でも魔物を逃がしてしまえば、この広い森の中、魔物の捜索を行うという面倒な仕事が追加されてしまう。
 という訳で、四方を取り囲み、大魔術を持って一気に殲滅してしまおうってのが今回の作戦だ。
(ディラン……ダイナ…………ガルド……よし)
 視線を交わし合い、お互いに準備が完了していることを確認する。
「我が身に流れるは、地龍の血。我が呼び声に答えよ、大地の精霊……」
 媒介の一つ、手の皮膚へと魔力を集めながら低く呟く。
 呟きに呼応するかのように、淡い緑色の光が両手が包んでいく。
 魔力に波動を感知したのか、魔物の群れが騒ぎ始める……が、遅い。木々の間から零れる、赤、青、黄、3色の光を確認しながら、手に宿した緑光を解き放つ。
「これでもくらいやがれっっっっっっっぇ!!!」
「みんな燃えやがれぇえぇ!!」
「氷ついちまえぇ!!!」
「必ぃ殺!! 超ぉ竜巻ぃ!!!」
 局地的大隆起&沈下現象と地割れ、幾つもの火炎弾と液体窒素弾、そして竜巻。
 阿鼻叫喚、地獄絵図。
 広場を囲むように現れた大地の壁が逃げ場を塞ぎ、迂闊に動いた者は地割れへと飲み込まれていく、そんな中降り注ぐ、火弾と水弾が触れた者を燃やし、凍らせる。また翼持ち、空へと逃れた者を、吹き荒れる風の刃が翼を奪い地へと追い落とす。
 どれも十分な魔力の溜めが必要な、必殺の一撃だが……それでも尚、立ち上がりその力を奮うのが魔物という存在だ。
「よし、後始末に入れぞ!! 行け! それとな、後ろの木に隠れてる奴! 死にたくないなら、早く出てきた方がいいぞ。」
「さすがは、トルス将軍。いつからお気づきで?」
「さっさと用件を言え。国の奴らと違って俺は忙しいんだよ。」
「まったく。せっかちな人だ」
 答えずに無言で剣を突きつけてやる。
「まあ、忙しいのはこちらも同じですがね。召還命令が下りたんですよ。大至急城に戻れってね。確かに伝えましたよ。それでは。」
 一々大げさな振りを付けながら言い終わると、現れた時と同じく音もなく姿を消した。御丁寧に、気配まで完璧に絶って……
「ちっ、面倒な……国の奴らが俺を? まぁいい、考えるのは後回しだ……今は……」
 答えの出ない雑念を思考の外へと追いやり、戦いの場へと飛び降りる。


 ……考えてみれば、嫌な予感は最初からしてたんだけどな、俺は所詮数ある騎士団の中のただの団長。王の命令には逆らえないってことだ……
ベギッドガッ


 王都に帰還した俺を出迎えたのは、突然の奇襲だった。
「お兄ちゃん!!」
 不意の殺気に動ずることなく、背後からの襲撃を身を捻りかわす。
「よ、相変わらず元気そうだな、ランディ。」
 ベチャッと音をたて墜落した謎の襲撃者に声をかける。
「痛い。何で避けるの?」
 涙目の妹分に対し、命が惜しいからだとも即答できず−−
「それより、何のようなんだ? 何でお前がここにいる。」
 質問に質問で返す。
「え〜とね、お兄ちゃんがこっちに帰って来てるって聞いたから、会いに来たの。」
 にぱっと、満面の笑顔で答えるランディ。
 可愛いことを言ってくれる……これでコイツが俺の恋人か何かだったら良かったのだが……悲しいことに、こいつはこの俺の部隊の副官だったりする。
「……で、仕事はどうしたんだ? 今日は休みじゃなかったと思うが?」
「え? え〜とね……あはははっ……」
「サボったのか?」
「……え〜と……で、でもね。お願いしたら、みんな行ってもいいって言ったんだよ。ホントだよ。」
(そりゃ……そうだろ……)
 物理的にも、政治的にもランディの頼みを断れるような奴は、この国に数える程しかいない。
 このドラグーンが誇る神具の使い手にして、大臣の養女などという肩書きは伊達ではない。
「……俺に会いに来たんだったな。もう気は済んだだろ? ほら、さっさと仕事に戻れ。俺は大臣様の所に行かなきゃならねぇんでな。」
 帰城早々、疲労感に家に帰りたくなりながらも、その場を後にする。
「うん。じゃあね〜」
 振り返らずとも、元気に手を振っているであろう妹分の姿を思い浮かべながら、大戦を終結させた偉大な勇者様の実体に、もう一度ため息を付く。


 ……って、これは関係ないな。まさか酔ってきたか? 問題はそうこの後だ。
ズガッボキ!


「緑竜騎士団長! 緑龍将軍トルス=ジグ=フォールド。帰城致しました。」
 王都に帰還した俺は、休む間もなく大臣に呼び出された。若輩者の国王に代わり、実質的な権力は全てこの大臣様が握っている。
 執務室でありながら、装飾な華美な部屋にうんざりしながらも、俺は帰城の報告を行う。
「よく来てくれた、待っていたよ、トルス将軍。魔物討伐へと駆り出されていたと聞いているが、元気そうで何よりだ。」
「はっ、ラルグ様こそお代わりなく。」
 ラルグ=マ=グエン。痩せた蛇のような嫌な目をした奴だ。
 大臣という役職では珍しく、純粋な文官ではなく、軍隊上がりの武、知、魔その全てを高いレベルで備えたエリート様だ。
 まっ、不幸なことに、俺は大臣様の実力を目にする機会に恵まれず、噂でしかその実力を知らないのだが……
「ラルグ様、私に話があるとのことでしたらが、どのような用件で?」
「何もそう下手に出ることもなかろう? 私と貴殿にそう身分の違いなどないと思うのだが? トルス将軍殿」
 確かに、将軍と大臣……位だけを見るなら同程度と言えなくもない。
 だが、方や大戦にて壊滅し、未だ再建の目途の立たない名目だけの将軍と、方や政治の実権の全てを握ると言われている大臣様。その身分が対等などと子どもでも思うわけがない。
(まっ、そっちがそう言うなら、お言葉に甘えさせてもらうか。)
「そうだな。で、もう一度聞くぞ。俺を呼び出した理由ってのは何だ?」
「何、1つ貴殿に頼みがあってな。 もちろん、これは個人的な頼みではなく、王の補佐役である大臣として頼みなのだが。」
(対等と言ったそばからコレか……)
 毒づきながらも承諾する。実質、王命である以上断ることはできない。
 正直、辞められるなら軍など早く辞めてしまいたいと言うのが正直な心境ではあるが、まだその時ではない。
「貴殿には、コレを運んでもらいたい。」
 ゴトンッと、玉のような物を執務机の上に転がす。一見、何の変哲もない水晶玉にしか見えないが……そんな物を勿体ぶって出すわけがない。
「未確認の神具。」
「はっ、未確認なのに神具ってのは分かってるってか?」
 勿体ぶった割に全く笑えない冗談だ。
「どうやら、大戦中滅びた国の神具のようでな。その効果や元となった神等、神具であるということ以上は不明なのだ。」
「……神具の隠匿は重大な盟約違反のはずだが?」
 魔物と戦うために結成された同盟とは言え、国と国が協力する以上、お互いに信頼し、仲良く協力し合いましょうという訳にはいかない。
 そして、同盟として守るべきルールの中でも、最重要とされっるのが、相互不可侵、内政不干渉、神具の隠蔽だ。
「さて、何のことだか? 偶然にも我が国内で発見された神具を、同盟のルールに従いこれより移送するという話をしようとしただけなのだが?」
(……良く言うぜ。)
「それで、トルス殿。貴殿には、この神具を妖精族の国へと運んでもらいたい。物が神具である以上、信頼できる者にしか任せることはできない。」
「どうして俺なんだ? 神具なんだろう? 赤龍や白龍の処の騎士団にでも任せればいいんじゃないのか?」
 ドラグーンには、赤、青、黄、白、緑の5つの騎士団が存在する。再建が行われていないのはあくまでも、緑だけの話で、他の騎士団は再建されている。噂では、6つ目、黒の騎士団が作られるなんて話まである。
「その理由は、先ほど貴殿が想像したことが理由……と言えばわかってもらえるかな?」
 目を細め、いやらしい笑いを浮かべる。
(なるほど……そういうことか、確かに理由としては納得できるな。)
「この神具のことを他国が知れば、神具を隠蔽していたのではないかと疑われる。もし、移送に騎士団を仕えば事は大きくなり、他国にこのことを知られることになる……というわけか?」
「あぁ、こちらも痛くもない腹を探られたくはないのでな。その点、貴殿ならば問題なかろう? 聞けば、貴殿は大戦中に妖精族の者と共に戦ったことがあると聞く、個人的に旧知の戦友に会いに行くという名目ならば、他国の密偵も怪しむことはないであろう?」
(なるほど……こちらの情報は全て調査済みってわけか……)
 はき捨てる呟き、
「承知いたしました。この任務、引き受けさせて頂きます。」
「あぁ、よろしく頼む。」
 わざとらしいくらいに、うやうやしく礼を取り、神具を受け取る。


 ……
 …………
 ……と、まぁそんなわけで、秘密の王命を受け、俺は隣国、妖精族の国、シルフィーンへと急いでいるというわけだ。
ゴンッ ベキッ グシャ 
(そりゃあ、一応は将軍とは、国の世話になってるっていうか、軍人である以上、上からの命令は絶対だ。けどだな、何で俺がこんなスパイ紛いのことを……)
バキッ メキ グガシャ
「だぁ! さっきからうるせーんだよ。てめぇら!! 人がしんみりと呑んでる時に、邪魔なんだよ。喧嘩がしたけりゃ外でやりやがれ!!」
 何杯目かの酒を飲み干し、空になったグラスを手に、騒音に向かって叫ぶ。数人の獣人と、足元に転がっている何か……やはり騒音の原因は誰かが殴られる音だったようだ。
「あんだぁ、やるってのかこら!」
 獣人達が騒音を止め、俺の方を向く。
「あぁん? 誰かと思えば蛇野郎どもじゃねぇか。爬虫類のくせに、酒を飲むのか? 変温動物のくせによ。」
「そりゃそうだ。寒いなら大人しく冬眠でもしとけっての。」
「そりゃいいな。」
 何がおかしいのか爆笑する獣人ども。 第一、竜はほ乳類で爬虫類じゃねぇ!!
 獣人が体中を体毛で覆われているのと同じく、俺達竜人は、全身が鱗で覆われている。その姿から蛇やトカゲ等の爬虫類種を連想するのは間違っていない。
 だがしかし、残念なことに竜は卵を産まない。体内で子を育て出産という形式をとるのである……つまり、竜やそれに連なる竜人は決して爬虫類ではないということだ。
「てめぇ!! よくもヤードを!」
 椅子やテーブルがひっくり返り、食器が床に落ちる騒音に我に返る。
 グラスを持っていたはずの手は、いつの間にか硬く握られ拳を形成し、さっきまで並んで笑っていた獣人達の数が1人減っている気がする。
 状況から察するに……どうやら俺が殴り飛ばしたのかもしれない。
(やれやれ……秘密任務の真っ最中だってのにな……揉め事は勘弁してくれよ……)
「もう許さねえ。やっちまえ!」
「悪いな、手を出すつもりはなかったんだ。ここは俺のおごりってことで勘弁してくれないか?」
 中腰で掴み掛って来た一人に足を掛け転ばし、背後に回り込もうとしたもう一人に拳を叩き込みながら、丁寧に謝る。
「ふざけてんのか! テメェ!!」
 二つの騒音に負けぬ大声で、目の前の獣人が叫ぶ。
「や、止めて下さい、お客さん、店が壊れちまいます。」
「うるせぇ!!」
 止めに入った店長が、あっけなく投げ飛ばされ騒音がさらに1つ追加された。
(たく面倒なことになっちまったな……獣人ってのは力が強い上にやたらタフだからなどうす……)

ガシャン

 白く点滅する視界と、体の内側にまで響く異音。
「どうだ。これが、俺達の力だ」
 不意の衝撃に膝を付きながらも、パラパラと視界を汚す白い靄の向こうに、白い陶器の皿を持った獣人の顔が視界に映る。
(……なるほど……そこまで死にたいって言うならリクエストに答えてやるべきだよな?)
「うらうら、調子に乗ってんじゃねぇぞ。」
「どうした? もう、降参か?」
 しつこく飛んで来る皿を叩き落としながら、窓側へと移動する。
(我吸い込むは、全ての源。熱く燃えたぎる起爆剤。その遠き縁の繋がりにより、我に集え炎の精霊!)
 低く念じながら、息を大きく吸い込む……酸素と共に、熱い力が、胸の奥、媒介の一つでもある肺へと蓄えられていく……
「いっぺん死にさらせぇぇ!!」

轟!

 青い炎の波が、飛来する皿を焼き尽くし、投者へと迫る。
「あぁ! じじじじじ!」
「ぎぇあぇああ!!」
「がぐぁあぁ!!」
 獣人という種族は、硬い毛皮と頑丈な体が特徴だ。だが……その獣人の毛皮にもいくつか弱点がある。その1つが……これだ。
 全身に炎をまとい、床を転げまわる獣人どもを尻目に俺は悠々と席へと戻る。
(まっ、これに懲りて少しは酒に気を付けるようになってことだよな。本来なら皿と同じく消し炭にしてやるのが妥当なところだが……それをこの程度で許してやるんだ。俺って奴は心が広い……ん?)

パチパチパチパチ……

 不意に、乾いた火の爆ぜるような、不吉な物音が耳へと、肉や魚とは違う焦げ臭い嫌な臭いが鼻へと届く。
 窓の外を覗けば、既に火も落ち暗いはずの夜道が、まるで夕焼けか何かで照らされているかのように赤々としている。
(そういや……この酒場って木造だったよな?)
 点と点、断片同士だった情報が繋ぎ合わさり一つの答えを導く。
 俺はその答えに満足し、窓枠へと足を掛け、
「割と美味かったぜ。じゃあな。」
 火ダルマの獣人たちと、逃げまどう他の客、燃え盛る炎に果敢にも挑むマスターに別れを告げ、俺は炎上する酒場を後にした。
(俺としたことが……ちょっと飲みすぎたかな。)


 冷えた夜の空気が俺を包み込む。春だとはいえ、夜になればそれなりに冷える。
 そんな中、十数分も歩けば次第に酒も抜け、体も冷えてくる。
(やっぱ、勘違いってわけじゃ……なさそうだな。)
 大通りから脇道へ、脇道から小道へ、人気のない裏通りまで来ると、俺は足を止め振り返る。
「誰だ?」
 低い誰何の声が夜の闇に消える。
 酒場を抜けてからすぐ位からか、後を付ける気配を感じていた。これだけ後を付け回してただの偶然ということはありえないだろう。
(あくまでも、自分からは姿を見せないってことか……ん?)
 不意に、闇が割れる。
 ゆっくりと、フードを被った人影がこちらへと近づいてくる。
(目に見える特徴はなしか……エルフか魔人か……何者だ?)
 竜人や獣人などの亜人種ならば、角や鱗、翼、毛皮に背びれ等の外見的な特徴がある。妖精などの非人種ならば、そもそもシルエットやサイズからして違う。初見で相手をする時に一番厄介なのは、目の前にいる人間種たちだ……
 魔術に長けたエルフ種族、武術に長けた魔人種族等……相手の攻撃手段を見誤れば命取りになる。
(神具の護衛だからな……刺客の一人や二人、当たり前ってか……)
 体を落とし剣へと手を掛ける、同時に魔力の流れを活性化させ、精神を研ぎ澄ませる。
 俺の間合いに入った者全てを切り伏せる必殺の構えとは対照的に、尚も人影は、平然と自然体のまま近づいてくる。
(自然体……それがお前の構えということか……面白い。が……)
 そして……最後の一歩……
「俺を侮るな!!」
「お願いします! 僕を弟子にしてください!」
 切り裂かれたローブが宙へと舞う。
 薙いだ剣のさらに下へと潜り込み、両手ごと頭を地面へと擦りつける少年の上に、パサと千切れたローブの切れ端が舞い落ちる。
「うわぁぁぁ、い、いきなり、な、何するんですか!?」
「それはコッチのセリフだ!!」
「えぇえぇ!!?」
 とりあえず、仰け反り飛びのこうとした少年の首をつかみ叫んで見た。
(よくわからねぇけど……つまり俺の勘違いだったってことなのか?)
「あ〜、多分そうだと思うから。ちょっち解放してあげてくれへんかな?」
 俺の心の声に、なぜか空から回答が降りてくる。
「よくわからねぇけど……お前もコイツとグルってことなのか? セリ。」
「まぁ、グルっちゅうか……訳あり? みたいな関係?」
 羽を広げ、逆さの体制のまま謎の物体、妖精族のセリが片手を上げ、にゃはっと笑顔を見せる。
「久しぶりやね、トルス。元気しとった?」
「とりあえず……事情、説明してくれるんだよな?」


 人気のない路地裏に不釣り合いな3人が座り込む。
 ライトアーマーを身に付けた竜族の男が1人、所々焦げ目の入った服を着た、正座の体制で背筋を伸ばした謎の少年が1人、そしてその少年の頭の上でふんぞり返っている妖精の女が1人。
「で……とりあえず、コイツは誰だ? 俺の記憶が正しければ、初対面のはずなんだが?」
「そんな〜師匠、僕のことを忘れちゃったんですか?」
 どばっと、涙を流さんばかりの勢いで泣きついてる。
「さっきの酒場で、獣人の人達から僕を助けてくれたじゃないですか! あの時、僕は確信したんです、僕の師匠はこの人しかいないと!! そう……あれは少年時代、病弱でいつもベッドで寝ていた僕は窓から空を見上げいつも思っていました……」
 口を挟む隙すら見せず、猛烈な勢いで言葉を吐き出してくる。
(……俺が助けた? ってことは、あの時獣人どもに踏まれていたやつなのか?)
「……そして僕は決めたんです! 愛のために戦うと!!」
「とりあえず、このバカとは話が通じないということはわかった。で、お前はこんな所で何やってんだ? セリ。」
 いつの間にか立ち上がり、妄想の世界で拍手を受けているであろう少年を無視して、セリを問い詰める。
「まぁ、ウチも色々と訳ありで今はこの子仕事してるんだけど……って、トルス? 羽摘ままれるとちょっと痛いんだけど……」
 背中の羽を摘まむ上げるという、正しい妖精の捕獲方法に対し、何故か不満があるらしいセリを無視し、尚も問い詰める。
「で、セリ。こいつはいったい何なんだ? 一緒に仕事してるってどういうことだ?」
「え〜と……名前はヘミングで、世にも珍しい純潔の人間種。端的に言うなら、ウチの支部の新人君って感じ?」
「なんでそこで疑問系になるんだよ……」
 1年ぶりの再会と言うのに、まったく変わっていない旧友に頭を抱え、呻く。
「まぁ、そういう訳ですので、これからよろしくお願いしますね! 師匠!」
「……ヘミングだっけか? このバカから何を吹き込まれたかは知らねぇが、師匠なら他を当たってくれ。俺は弟子を取るつもりもなければその資格もねぇよ。」
「わかりました。つまり、師匠はこう言いたいんですね。魔術は習うより盗めと!」
 何を理解したのか不明のまま、指をピシっと立てて宣言する。
(なるほど……つまり、性格的にもコイツの同類ってことか……って、魔術だと?)
「って、馬鹿かお前。人間のお前が、竜の魔術なんて習えるわけないだろ。魔術が習いたきゃ同じ人間か、もっと系統が近い種族の処に行け。」
「チッチッチッチ。しらばっくれても駄目ですよ。師匠」
 御丁寧に指を振りながら近づいてくる。
「竜国ドラグーンの誇る! 五竜騎士団の一つ、緑竜騎士団団長、通称雑用将軍の称号は、その力は勿論、数多の種族の魔術に通じ、便利にそれを使いこなした……」
「だ・れ・が……雑用将軍だ、こらぁぁ!!」
 聞き覚えのある口上を遮り、殴り飛ばす。
「もう、本当のことだからってそんなに怒らなくてもええのに……心の狭い男やなぁ。」
「まったくですね。こんな師匠を持つと、弟子も苦労しますよ。」
(……本当に弟子になりたいのか? コイツは……)
「あ〜くそ、こいつのことはもういい。で、セリ、今度は何をやったんだ? 何で俺を巻き込もうとしてんだ?」
「ふっ、さすがやね、トルス。それでこそウチの戦友や! 今度は〜ちょ〜とだけ、一緒に泥棒を捕まえて、同盟の支部まで連れて行くのを手伝って欲しいんやけどな〜なんて。」
 偉そうに言い切りつつ、上目使いで懇願するという器用な頼みを無視して、ため息をつく。
「同盟の仕事だったら……イリアの奴に頼めばいいだろ? 泥棒退治だってのなら嬉々として手伝ってくれるだろうよ。」
「それが出来ればええんやけどね〜。今回はちょっと事情っていうか……この子がおるやろ?」
 セリが憂鬱そうに呟きながら、問題のこの子、ヘミングの頭の上に腰を下ろす。
「ん? あぁ……なるほど、イリアのあの癖、まだ治っていないのか?」
「治るわけないやろ? ていうか、アレはあの子特有っていうより、あの種族みんなの病気やし。」
 話題の人物、イリアは魔人族。で、魔人と純潔の人間種というのは極端な程に仲が悪い。というか、魔人族側が一方的に毛嫌いしている。
 この辺りの理由を詳しく説明すると長くなるのだが……一言で説明するのなら歴史の因縁とでもいうべきだろう。
「さ〜て、話もまとまった所で。そろそろ行こか。」
「はっ? 行くってどこにだ?」
「さっき説明したやろ? ウチと一緒に泥棒を捕まえるの手伝ってもらうって。」
「そうですよ、師匠。僕に魔術を教えてくれるって言ったじゃないですか?」
 当然のような顔して言い切るバカ2人。
「あのな……俺は手伝うとも! お前も弟子にするとも一言も言ってねぇだろうが!!」
「そうだな。お前達には悪いが、トルスは私と一緒に来てもらうことになっている。」
 同意しているようで、全くかみ合っていない新しい案が背後から提案される。
「久しぶりだな、トルス。命が惜しければ私と一緒に来てもらうか?」
「……おいおい……いきなりそれは、少し物騒過ぎるんじゃねぇか?」
 言い切り、身を屈め、左へと体ごと飛び込む。ダンッと背中を狭い路地の壁にぶつけながらも、正面から迫る蹴りを右腕で防ぐ。
「相変わらず足癖が悪いな。ていうか、いきなり殺す気かよ。」
 右腕に付着した、踏み砕かれた石畳のカスを払いながら、先ほどまでの話題の人物、イリアへと向き直る。
「安心しろ、生死は問わないと許可を受けている。」
 相変わらずの無表情で、平然と安心する余地のない情報を提示する。
「ちょっ、ちょっい待ち、イリア。何してんのや、あんた? 急用ができたとか言うて、朝から出かけとったんやないんか?」
「セリか……お前こそこんな所で何をしている? 疲れたから今日は仕事はパスや。と言って事務所で寝ていたはずだが……どういう心境の変化だ?」
(どういう状況だ……セリならともかく……あのイリアが冗談で俺の命を狙うとも思えねぇし……イリアが刺客ってことなのか?)
 困惑する俺を無視し、セリとイリアの口論は続く。
「そ、それは……ウチにはウチの考えがあるんや。邪魔せんといてくれんか。」
「……聞いていないのか、セリ? 同盟より、その男の捕縛命令が出ていることを。」
「捕縛命令だと?」
「ドラグーン所属、元緑竜騎士団団長、トルス。神具強奪の罪により、貴様には捕縛命令が同盟より下されている。抵抗は無駄だ、大人しく投降しろ。」
 口上を証明するかのように、手配書を取りだし付きつける。
「へぇ……俺が神具の強奪ねぇ……面白い冗談だな? おい、イリア。今更俺がそんなことをするなんて、本気で思ってるのか?」
「ならば……この手配書が偽物だと……そう主張するのか?」
 手配書の偽造は重罪……身に覚えのない以上、罪状はでっち上げということになる……だが、確認するまでもなく手配書は本物だろう。イリアが手配書を本物であると断定した。それだけで理由としては十分だ。
「この1年……お前に何が合ったかは知らない。身の潔白を証明するのならば、私と一緒に来い。」
(どうする……大人しく降伏するか? 身に覚えはない……とはいえ、ここで逃げれば、罪状を肯定することになる……)
「ちっ……わかったよ。けど、安全は保障してくれるんだろうな?」
 無抵抗を示すため両手を上げ、イリアの元へと歩みよる。
「あかん! トルス、逃げ。」

 閃光。

「ヘミングわかっとるな。」
「はい! セリ様!」
 強い光で焼かれ、真っ白に染まった中、誰かに強く手を引かれる。
「師匠、こっちです!」
「おっ、おい……」
「トルス! ええからウチを信じ! 悪いようにせんから! 行き、ヘミング。」
「まっ、待て! お前達!」
 静止と行動、相反する命令。それに俺は……
(くそっ……あのバカ……抵抗なんてしたらどうなるかわかってんのか? 仕方ねぇ……)
 ヘミングに手を引かれるまま、走りだすことを選択する。
 そして……
「イグ・パラライズ!!」
「ぐがっ。」
 繋いだ手から注ぎ込まれた雷に体の動きを奪われ、頭から地面へと突っ込んだ。
「なっ……何が……」
「あっはっはっはっは! 油断大敵やな、トルス。それともここはこう言うべきか? 計画通りってな。」
 ようやく色を取り戻し始めた世界で、両手を腰に当て胸を張る妖精が1体。
「いや〜イリアが出てきた時は、どないなるかと思たけど……トルス捕獲作戦大成功や。」
「お……おま……」
「ごめんなぁ。ウチ、ちょっと今月金欠なんや。神具強奪犯なんて大物やろ? そんな大物捕まえたら、ぎょうさん褒美でると思うんや。」
「うぅ……師匠すみません……でも、僕。師匠の教えを守って立派な魔術師になるので、成仏してください!」
(てめぇ……なんか弟子じゃねぇ……つうか、弟子にしてねぇだろ……)
 満足に動かない口を諦め、最後の抵抗に睨みつける。
「……トルス、せめてもの情けだ。大人しく投降したことにしておいてやる。」
(ありがたくて、涙が出てくるな……)
 体が大地を離れる浮遊感を感じながら、意識は闇へと溶けていく……




 幕間@


 その日は雨が降っていた。
 平和な……何もない日常が、あたり前だと思っていた日。それが、幻想だと知った日。
 家……本当に小さな家。だが、母と子の二人で暮らすには十分な広さを持った家。
 その日……家は燃えていた。
 何があったのかはわからない……覚えていることは1つ。自分は紅の中にいたということ。
 気がついた時、部屋の中は、赤と黒で支配されていた。
 木の爆ぜ、軋む音が、暗く黒い煙が、痛く熱い臭いが暴れまわる小さな家。

 喉を焼く空気に咽る中、思い浮かんだことはただ一つ、『母はどこにいるのか?』
 立ち上がり、走りだそうとして気付く、答えはすぐ近くにあったことを。
 赤、朱、紅……炎とは違う暗い赤に全身を浸した女性。
 駆け寄り揺さぶる、何度も……何度も……喉を焼く空気を噛み砕き何度も叫んだ。
 女性の閉じた目がゆっくりと開かれる。
 虚ろな瞳の中に、見覚えのある子どもの姿が映る。
 女性が口を開く……が、周囲の轟音が弱く虚ろな吐息の翻訳を妨げる。
 そして……再び瞳はゆっくりと閉じられる。

 暗転

 雨の中を歩いていた。
 水を吸い重量を増した装束に翻弄されるかのようにフラフラと……
 十字路、横手から現れた人間を避けようとし、水溜まりへとその身を浸す。
 不意に暗い影が雨を遮り、問いかけてくる。
「迷子か?」
 沈黙が、無機質な雨音を引き立たせる。
「まぁいい……行くところがないのなら付いて来るがいい。」
 影が去り、暗い空が戻ってくる。
「どうしたの? もしかして立てないの?」
 大きな影とは違う声……暗い空に浮かぶ小さな影が手を差し伸べる。
「君も迷子なの? なら僕と一緒だ、一緒に行こう。」
 灰色の世界の向こうから、僕と同じ年くらいの子どもが手を差し伸べてくる。
 何が楽しいのか、嬉しそうな笑顔を浮かべて……
 その笑顔が余りにも楽しそうで……色のある世界があまりにも眩しくて……
「ふざけるな!!」
 手を振り払い、拳を固め立ち上がった。


 それは15年前のこと。
 人と人が、王と民がお互いの利益を巡り、国内で激しい戦いを繰り広げていた頃のこと……
 幾つもの街が、多くの命が革命の名の下に炎の中へと消えていった年のこと……
 俺が、あいつと出会った日のこと……


 続く



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